(6)アート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズ NYの思い出

NYでアートがよく出ていたジャズクラブはup town にある“ミケールズ”(その頃スタッフもよく演奏していた)でした。細長いジャズクラブで入り口入って奥の右手にステージがあり、印象的で忘れられないのは、バンドメンバーがステージに上がったにもかかわらず店一杯の客は皆バーの前で立って話し込んでいて騒然としている中、どうするのかと思ったら、アートがピアニシモでスネアーを叩き静かにリズムを刻みだしたんです。しばらくすると1人、2人とそれに気付き始め徐々に店の中が静かになっていく、そして全員がこちらに集中してシーンとしたところでバーンと音楽に入っていったんです。この時は音楽が徐々に聴衆の中に染み込んでいき最後はバンドと聴衆が一つになる素晴らしい空間を体験しました。

前にNYではレストランに入ってなかなか注文を取りに来ないことがあって 誰もイライラしないでゆったりと会話して待っているっていう話をしましたが、ジャズクラブでも30分~1時間お客が演奏の始まりを待っている事なんてざらでした。ゆったりと時間が流れ終わりも深夜1時、2時くらいになる事もあったり、とにかく皆時間なんか関係なくその夜を音楽を聴いて楽しもうという姿勢でしたね。

思い出で面白かったのはヴィレッジゲート(ジャズクラブではないがかなり大きなスペース)に出演した時、ステージの上の段にはエルヴィン・ジョーンズのバンドでギターが川崎燎、下の段がジャズメッセンジャーズで僕がベース、この雛壇になったようなステージにそれぞれのバンドに日本人が入っていて交代で演奏するというまれにみる珍しいコンサートでした。

あと、覚えているのは昔は up town にあったFIVE SPOTにスタン・ゲッツと出演した時、ウェイン・ショーターが聴きに来ていてオレにいろいろ話しかけてきたんだけど、まだNYに来たばかりというせいもあってか、何を言っているのか全く分からなかった…..。あの人はやはり宇宙人…? 後にFIVE SPOTがdown townに移ったときはジャズメッセンジャーズだったんだけど、ハッと気が付くとあの巨体のチャールズ・ミンガスが目の前に座ってこちらを見てるじゃないですか、結構恐い人っていうイメージがあったので一瞬凍りついたんだけど、終わって休み時間に挨拶に行ったら“Hey man, sound’s good!”って言われ、ホッとするのと同時に嬉しくて顔がほころんだのを覚えています。

この様にNYでは有名無名に関わらず、ミュージシャンが他のミュージシャンの演奏をよく聴きに来るんですよね…..。お互い自分にないものを持っているミュージシャンをリスペクトし合っている、ミュージシャンシップというのが 大人で本当に美しいと思います。日本はまだここまでマチュアーなジャズシーンはないですね。
もちろんアメリカ文化と日本文化は同じようには語れないけどそのへんのアメリカ人の大人加減は見習うべきですね。でもアメリカ人は変なところでチョー子供だったりするけど….。
アートはその頃ヴィレッジバンガードには喧嘩したのかどうか分からないけど出演しませんでしたが、後に他のバンドでバンガードに出演した時はコルトレーンやビル・エヴァンズのバンガードで録音した名演奏を何回もレコードで聴いていたので感慨深いものがありました。
その頃の本当に活気が漲っていたNYを思い出すと、今でも血が騒ぎます。

鈴木良雄

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