アメリカ音楽

2009年4月29日

 僕は両親の疎開先である長野県木曽福島町で終戦直後に生まれました。
子供の頃は山を駆けずり回りながらピアノ教師である母がレッスンをしている時に聞こえてくるバッハ、ベートーベン、モーツアルト、ショパンのピアノ曲、また、姉の弾くバイオリンの名曲を聞いて育ち、僕自身も3歳から小学校6年生くらいまでバイオリンを、あまり一生懸命でなく習っていました。
夏には盆踊りで流れる“木曽節”を聞き、都会を全く知らない自然児として
ヨーロッパ音楽と民謡を当たり前のように体で受け止めていました。

中学生になった時、家族全員東京に戻り新しい生活が始まりましたが、その頃姉が音楽学校に通いながら、好きで毎週聞いていたラジオから流れてくる、
アメリカ音楽(ポップスや映画音楽)に耳を奪われ、僕もその番組が待ち遠しくて毎週姉と一緒にそれを聞くようになっていました。
それまで聴いていたどちらかと言うと古めかしくて硬い感じのヨーロッパ音楽と違い自由奔放で楽な感じのアメリカ音楽が大好きになりました。

その後高校時代はギターに目覚め、のめり込んで暇さえあればクラシックギター、ギター伴奏で歌うラテン、フォーク、ポップス等誰でも一度は通る道を通っていました。
高3のある日、喫茶店で聞いたデーブ・ブルーベックの“Take Five”がまた新たに違う音の世界への扉を開く切っ掛けとなりました。

早稲田に入学して新入生歓迎コンサートを大隈講堂に聞きに行った帰り、早稲田ジャズ研の新入生勧誘の出店が目に留まり、一週間後にオーディションがあるから部室に来るように言われ、体育館の脇にある軽音連の練習室(と言ってもほとんどただの掘っ立て小屋)の扉を開けたのが今のジャズミュージシャンへの道のりの最初の瞬間だったとはその時は気付きませんでした。

                               CHIN

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